2014年01月13日

「日本型セーフティーネットを作る」(EJ第3586号)[自民党でいいのか/08]

●「日本型セーフティーネットを作る」(EJ第3586号)
http://electronic-journal.seesaa.net/article/368680428.html
2013年07月10日 :{Electronic Journal}拡散としての転載です。


 昨日のEJで、政治家は正確な歴史認識を持つことが必要であることを強調しました。現在、世界は第3次産業革命といわれる情報社会の真っ直中にいますが、社会の変化に国や国民が対応できなくなりつつあります。
 産業革命とは、技術革新による産業構造の変化および経済発展のことですが、第1次から第3次まであります。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ◎第1次産業革命/18世紀〜19世紀
  ・石炭、蒸気機関を動力源とする軽工業中心の発展である
 ◎第2次産業革命/19世紀〜20世紀
  ・石油を主な動力源とする重工業中心の工業の発展である
 ◎第3次産業革命/21世紀〜
  ・情報技術の発展により、もの作りや社会が変革すること
―――――――――――――――――――――――――――――
 産業革命によって社会や生活は激変し、混迷を極めます。第1次産業革命が起こった18世紀半ばの英国の混迷を救ったのは、議会制民主主義の確立であり、それによって自由と平等が保障されたのです。民主主義の第一歩です。
 第2次産業革命では、労働者の反乱が起きたのです。これをめぐって、共産主義国と資本主義国ではイデオロギーの対立が激化したのですが、激動のなかで資本主義社会の混迷を救ったのは、福祉社会の実現だったのです。
 福祉社会とは何か。収入の多い人が多くの税を負担する「所得再配分」によって公共サービスを行い、社会保障を整備する──そういう福祉社会を資本主義国は実現していったのです。
 このとき、活躍したのが英国のジョン・メイナード・ケインズなのです。あまり知られていないのですが、ケインズもユニテリアンであったといわれています。
 しかし第3次産業革命が起きると、これまで築いてきた福祉社会の仕組み──社会主義的なシステムが崩壊しつつあります。理由は、グローバル化による国の税収の激減と支出の拡大です。これにかわって生まれたのは、弱肉強食による過激な競争資本主義です。第3次産業革命によって、400年続いてきた資本主義が変質してしまったのです。
 2007年9月に急に退陣した安倍首相に代わって福田康夫政権が発足したのですが、その直前の参院選で民主党をはじめとする野党は勝利し、与党の議席数を上回り、いわゆる「ねじれ」がはじまったのです。
 実は、その参院選の時点で小沢氏は米国の投機資本主義と金融資本主義の崩壊を予想し、「友愛・共生社会」を創るために「国民の生活が第一」という政策を掲げたことを明かしています。そのとき、小沢氏のいった言葉を平野貞夫氏は次のように紹介しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 参院選で「国民の生活が第一」の政策理念を作ったのは、その予感(投機資本主義と金融資本主義の崩壊)があったからだ。
これから、「日本型セーフティーネット」を整備して、混乱する国民生活を守ったうえで、公正で活力ある市場経済社会を創るようにしなければならない。
   ──平野貞夫著
          『わが友・小沢一郎』/幻冬社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 「日本型セーフティーネット」──これに基づく具体策として小沢氏は「新しい生活をつくる5つの約束」を発表しています。
それは、次の5つです。
―――――――――――――――――――――――――――――
    1.すべての国民が安定した生活を送れる仕組み
    2.   安心して子育てと教育ができる仕組み
    3.  まじめに働く人が報われる雇用の仕組み
    4.     地域社会を守り再生させる仕組み
    5.    国民の生活コストを安くする仕組み
             ──平野貞夫著の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
 この2つ目の仕組み「安心して子育てと教育ができる仕組み」の具体策として民主党は、子ども手当毎月2万6000円、高校無償化──公立高校生の授業料である月額9900円を徴収せず国が負担する。私立高校生には年間約12万円の「就学支援金」を学校に支給する──これらをマニフェストに掲げ、民主党は政権交代を成し遂げています。
 今では「できもしないウソの公約」といわれていますが、予算ですからそれを全面的に組み替えて、優先順位をつければできるのです。ただ、民主党の一部の勢力が政権交代をするや小沢外しを行い、自分たちの手でやろうとして失敗しただけなのです。彼らにはそれを実現させる腕力も能力も気力もなかっただけのことです。この経緯については改めて述べます。
 現在、参院選が行われていますが、各党とも「マニフェスト」という言葉を使わず、公約を記載した冊子の部数を減らしています。なぜなら、候補者が公約冊子を配付しようとしても有権者が受け取ってくれないからです。民主党があまりにも劣悪な政治を行い、「マニフェスト=できもしない約束」と国民に印象づけてしまったからです。この罪は万死に値します。
 ちなみに改正公選法では、政党のホームページに掲載された公約やビラを印刷して配付すると、2年以下の禁固、または50万円以下の罰金になるのです。実にバカげた規制です。
 「国民の生活が第一」は、単なるスローガンではないのです。
現在の日本の国家・社会構造は第2の産業革命による重化学工業社会を前提としてできていますが、それは第3の産業革命による高度情報社会に適合していないため、社会にさまざまな混迷が生じています。この混迷によって国民生活が混乱しないためのセーフティネットとして、「国民の生活が第一」の5つの約束を掲げ民主党は2009年の衆院選に臨んだのです。そして待望の政権交代を実現したのです。
   ── [自民党でいいのか/08]

≪画像および関連情報≫
 ●新しい共生社会の柱とは何か/平野貞夫氏
 ―――――――――――――――――――――――――――
 第一次世界大戦の後には、マックス・ウェーバーは「良き資本主義、良き民主主義は死んだ。今あるものは、しょせん偽物だ」と、ある日本人に語っている。資本主義や民主主義を健全に持続させるために、人間の倫理観では不可能になったのが、近代化した人間社会の現実である。それは制度によって保証されなければならない問題だ。そこで健全な市場経済社会・資本主義を機能させる前提として、2つの条件が必要となる。ひとつは「基礎的社会保障──基礎年金、介護、高齢者医療、保育等──を国の責任で整備する」こと。もうひとつは「地球環境の保全を国家、企業・団体のみならず、すべての人間に義務づける」ことだ。CO2削減問題で国際的にも国内的にも激論が続いているが、地球環境が保全されていて、人間を含むすべての生物が生存できるのである。この前提条件を憲法の中に規定して、新しい共生社会の柱とすべきである。
  ──平野貞夫著
         『わが友・小沢一郎』/幻冬社刊
 ―――――――――――――――――――――――――――

posted by メジナオトト at 18:24| Comment(0) | 自民党でいいのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月10日

「友愛共生社会をどのように創るか」(EJ第3585号)[自民党でいいのか/07]

●「友愛共生社会をどのように創るか」(EJ第3585号)
http://electronic-journal.seesaa.net/article/368597188.html
2013年07月09日 :{Electronic Journal}拡散としての転載です。

 今やすこぶる評判の悪い筆頭は鳩山由紀夫元首相です。尖閣諸島問題で中国寄りの発言をして大きな非難を浴びています。この鳩山由紀夫氏が2009年5月に民主党代表になったときに掲げた基本理念が「友愛」であり、そのときの代表選の公約のタイトが次のフレーズです。
―――――――――――――――――――――――――――――
           友愛の日本を創る
―――――――――――――――――――――――――――――
 このタイトルに対して、2009年5月17日付、朝日新聞は「浮世離れしたキャッチフレーズ」と決めつけましたが、朝日新聞は、はしなくも自らの無教養を明らかにしたといえます。鳩山氏のいう「友愛」は、そんな薄っぺらな概念ではないからです。
 鳩山由紀夫氏の祖父である鳩山一郎氏は、戦後の1952年に政界復帰後初めての演説で「友愛革命」を主張しています。そのとき、鳩山一郎氏は、孟子の「惻隠の心」を引用し、米国の思想家で、ユニテリアンであるエマソンの思想を紹介したりして、真の友情や人類愛の必要性について論じたのです。そして民主主義の確立のためには「智」が必要であることを説き、もし「智」なかりせば、衆愚政治になると述べています。
 ここで「ユニテリアン」について説明する必要があると思います。これについては、政治思想史に詳しい平野貞夫氏の本から引用します。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ユニテリアンは万人救済を教義とし、人類愛や隣人愛を主張する。異宗教間の交流に極めて積極的で、自由と理性と寛容を重んじ、権威への盲従を嫌う。
 米国のユニテリアン運動の発祥は1620年にメイフラワー号で英国を去り、マサチューセッツ州のプリマスに上陸した清教徒が結集した「会衆派」をルーツとしている。
 19世紀中頃は、ボストンを中心にユニテリアン運動が最も盛んだった。       
   ──平野貞夫著
   『わが友・小沢一郎』/幻冬社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本人として最も早くユニテリアンに触れたのは、日本からの漂流少年であるジョン万次郎です。万次郎は、1843年から3年間にわたって、黄色人種を受け入れるボストン郊外のユニテリアン教会で、「困った人は助けなければならない」という人類愛のユニテリアン信仰を深めているのです。
 万次郎は、帰国後、幕府や土佐藩で米国の政治や社会の啓蒙運動に力を入れましたが、その背景にあった考え方は、エマソンらの説くユニテリアンの思想──草の根デモクラシーの思想を反映したものだったのです。その影響を最も受けたのは、坂本龍馬であり、勝海舟であり、福沢諭吉だったのです。
 その後、明治、大正、昭和と年を重ねるにつれて、いつしかユニテリアンの精神は忘れ去られ、ほとんど人々の心から消えてしまったのです。そういうとき、聡明な自由社義者である鳩山一郎元首相は、そのユニテリアンの精神を友愛活動として戦後の日本に生かそうとしたのです。鳩山由紀夫氏はその精神を祖父から引き継ぎ、民主党の基本理念として「友愛」を掲げたのです。
 小沢一郎氏は、ジョン万次郎の活動を歴史に位置付け、その生涯に「自立と共生」、そして「人間愛」の思想を発見して、その啓蒙のために「ジョン万次郎の会」を創立したのです。
 さて、問題は「自立と共生」の理念にユニテリアンの精神を加える「友愛・共生社会」──そういう社会をどのようにして創るかです。そのために必要なことは次の2つです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  1.現代という時代において正確な歴史認識を持つこと
  2.現代の混迷を解決するために歴史に学ぶということ
―――――――――――――――――――――――――――――
 時代は、農業社会が産業革命によって工業社会になり、さらに情報革命が始まって情報社会に移行し、それがさらに高度な知識社会に発展するといわれています。そして現代は、その情報社会の真っ直中にあります。
 工業社会は、経済は右肩上がりに成長し、技術や産業の成果が多くの人に還元される社会だったのです。こういう時代は官主導の利権政治でもうまくいったのです。
 しかし、情報社会に移行すると、それが一変してしまったのです。情報社会では、IT技術が高度に発達し、急激なグローバル化が進行して、人々の生活を激変させたのです。なぜなら、情報社会の生み出す富は、工業社会のときと違って、一部の限られた人にしか還元されなくなったからです。
 ITをはじめとする高度な技術の発達は、かつて工業社会でも機械が工場労働者の仕事を奪い、仕事のやり方を変えたように、コンピュータ・通信技術の発達は、働く人々を代替可能な定型型の単純労働に追いやり、もっと大きなスケールで、多くの人の仕事を奪い、深刻な雇用問題を生み出しているのです。
 情報社会では、コンピュータを駆使して情報の収集、整理、創造などの仕事に携わり、新しい価値を創造できる一部の者だけが「勝ち組」になり、多くの者が「負け組」になったのです。それは、資本主義が変質したことが大きく影響しています。
 日本においては、こういう勝ち組と負け組の二極化が進むなかで、かつての小泉政権がそれを加速化させるアクセルを踏んだため、深刻な格差社会を生み出してしまっています。
 これにより、将来に希望を失った人々が増大し、それに伴う異常な犯罪が続発するようになったのです。これは世界的な傾向ですが、その行き着く先は「テロ」なのです。平野貞夫氏の言を借りると、最近日本で続発しているDVや凄惨な子殺しや親殺しは「ドメスティック・テロリズム」という名のテロなのです。
 しかるに多くの政治家や有識者は、それが資本主義の変質のもらたすものであることに気づいておらず、事態をいたずらに深刻化させています。小沢氏はこの歴史認識に立って、この混迷を救う方策を考えたのです。
  ――─ [自民党でいいのか/07]

≪画像および関連情報≫
 ●「ユニテリアン主義」とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
 キリスト教で伝統的に用いられてきた三位一体──父と子と聖霊の教理を否定し、神の唯一性を強調する主義の総称をいう。歴史的には、ユニテリアンはイエス・キリストを宗教指導者としては認めつつもその神としての超越性は否定する。

 ユニテリアンの思想的先駆者はポーランド王国で1556年1月22日に活動を開始しのちにポーランド・リトアニア共和国で広まったポーランド兄弟団である。彼らはユニテリアンの思想を確立していたが、「ユニテリアン」という用語はしばらくの間使用しなかった。これとは別に、1567年にトランシルヴァニア(当時はハンガリー王国で現在はルーマニア)で「ユニテリアン」を自称する教団が成立している。

 ポーランド兄弟団はこのあともしばらく「ユニテリアン」の用語を使用しなかったが、これは世の中にトランシルヴァニアでの宗教運動と自分たちの運動とを内容的に混同されることを避けたものと推測されている。

 この宗教思想が流入してきたイギリスではしばらくの間かれらは自由思想家や非国教徒として位置付けられ、また合理主義やヒューマニズムの思想を発展させたという説もある。
   ──ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

posted by メジナオトト at 07:27| Comment(0) | 自民党でいいのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月28日

「共生のコンセプトと今西進化理論」(EJ第3584号)[自民党でいいのか/06]

●「共生のコンセプトと今西進化理論」(EJ第3584号)
http://electronic-journal.seesaa.net/article/368513176.html
2013年07月08日 :{Electronic Journal}拡散としての転載です。

 小沢一郎氏は「自立」に加えて「共生」という概念を大事にしており、「自立」と「共生」を新しい国づくりの理念としているのです。「共生」とは何でしょうか。
 「共生」とは、人間の生き方にかかわる考え方であり、『日本改造計画』には次の記述があります。
―――――――――――――――――――――――――――――
 人類は、人間による自然支配という西洋的価値観から人間は自然の一部であるという東洋的価値観への転換を迫られている。
 東洋的価値観、とくに古代日本の縄文時代においては、人間はまったく自然と共生していた。人間が自然を支配するのではなく、自然によって生かされていた。
  ──小沢一郎著、『日本改造計画』/講談社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 この「共生」の考え方と関係するのは、ダーウィンの『種の起源』、すなわち「進化論」です。ダーウィンの「進化論」といえば、知る人ぞ知る「自然淘汰説」であり、「適者生存説」です。
 ダーウィンによると進化というものは、種個体、あるいは少数の種個体から始まると考えられており、この特定の種個体のことを突然変異と呼ぶのです。
 この突然変異によって発生した個体が他者と比較して生存するための優位性を持っている「適者」である場合にのみ、生存競争に生き残り、敗れたものは死滅する──これがダーウィンの「進化論」の本質です。
 しかし、このダーウィンの進化論は、自然科学的に証明されたものではなく、単なる一学説に過ぎないといわれているのです。
もともとこの考え方は、英国の経済学者であるマルサスが『人口論』で展開した次のコンセプトを生物社会に取り入れたものに過ぎないといわれているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 人口の増加は等比級数的であるのに対し、食料の生産は等差級数的にしか伸びないから、一部の人間の貧乏・飢餓は一種の自然現象として不可避である。
  ──マルサスの「人口論」より
―――――――――――――――――――――――――――――
 このダーウィンの進化論に対して、日本人として異を唱えた学者が今西錦司氏(1902〜1992)です。今西錦司氏は、日本の社会人類学、生態学の草分け的存在であり、登山家としても知られています。
 今西錦司氏の学説は「今西進化論」といわれており、その骨子をまとめると、次のようになります。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ある種から新しい種が生まれても、従来種は駆逐されることなく、新しい種と共存してゆくものであり、その発生事態も突然変異などによる偶発的なものでなく、環境の変化などによって時期が来たら複数の個体が、あたかも化学反応のように、同時多発的に変化してゆく現象が進化なのである。
                 ──今西錦司/吉本隆明著
    『ダーウィンを越えて/今西進化論講義』/朝日出版社
―――――――――――――――――――――――――――――
 今西進化論は「棲み分け理論」と呼ばれており、ダーウィンの進化論が競争原理に基づいているのに対して、今西進化論は共存原理をペースとしています。
 これは小沢氏のいう「共生」の考え方に通じるのです。そしてこの考え方は、米国の新自由主義と対極の考え方です。新自由主義は、まさにダーウィンの適者生存/自然淘汰の考え方にとてもよく似ているのです。
 次の演説は、小沢一郎氏が2006年4月7日、民主党の代表選の政見演説の一部です。
―――――――――――――――――――――――――――――
 小泉政治は自由と身勝手を混同した結果、弱肉強食の格差社会という妖怪を生み出してしまいました。本当の自由とは誰もが共に生きていける『共生』の理念が前提であり、それを保証する規律と責任を伴うものであります。その『共生』のルールが公正なのであります。         
  ──平野貞夫著
  『わが友・小沢一郎』/幻冬社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 2006年4月、小沢一郎氏は、メール問題で退任した前原誠司代表の後任として民主党代表に就任しています。この「共生」の考え方は、民主党として、当時の小泉政権がブッシュ米大統領の市場経済至上主義に追随した政策を強行し、そのために生じた深刻な格差社会を是正しようとして、小沢民主党が打ち出した新しい国づくりのコンセプトなのです。
 「共生」を新しい国づくりの理念として掲げ、あらゆる面で筋の通った「公正の国・日本」をつくる。そのために国民一人ひとりが自立し、国家としても自立することを目指すとともに、人間と人間、国家と国家、人間と自然の「共生」を国是とすると、小沢民主党は宣言したのです。そして基本政策のキャッチフレーズを次のように決めたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
        公正な社会、共に生きる国へ
―――――――――――――――――――――――――――――
 民主党の政権交代の快進撃はこのときからはじまったのです。
そして2007年夏の参院選を迎えます。そのときのマニフェストのテーマとして次を掲げ、「三つの約束」と「7つの提言」を掲げたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
           国民の生活が第一
―――――――――――――――――――――――――――――
 このかつての民主党のシンボルテーマである「国民の生活が第一」は、実は鳩山元首相のいう「友愛」と「共生」のコンセプトがあって、はじめて生まれたのです。
  ――─ [自民党でいいのか/06]

≪画像および関連情報≫
 ●小沢一郎の「共生」理念の原点は今西進化論/内田良平氏
  ―――――――――――――――――――――――――――
 この今西進化論を要約すれば「生物界を種社会による有機的調和体」とし「進化とは競争で相手を淘汰するのではなく、切磋琢磨によってより強い共生関係を作り上げていく」という考え方を採っている。
 今西進化論を社会に当てはめると、「進歩は自由競争によって獲得されるようにみえるが、実は社会の中で形成された共通の文化と、その文化が持つ共生のメカニズムによって創られる」と読み解くことができる。

 日本人は元来レベルの高い文化を保有しており、その文化に根ざした経済環境を作ることこそ国家の力を高めていく事になると今西らは主張する。ところが「市場原理主義」を信奉する欧米や、彼らに操られる日本の政治家や経済人にとって小沢一郎の主張する「自立と共生―国民の生活が第一」の「共生国家の建設」は彼らの「賢い人間だけが生き残り、劣った人間は淘汰される」という理念に反することになる。

 彼らにとって、この「競争を絶対とする米国資本主義」を守るため小沢一郎という政治家を葬り去る必要があり、またTPPという米国資本主義のための「競争による収奪装置」に日本を参加させることが重要なのである。もし民主党政権が国民を豊かにしたいと考えるならば、国民を競争で煽りたてたり、金儲けの上手い人間を優遇する狩猟民族的政策ではなく、小沢一郎が説く「共生」の理念を基に、道徳的倫理観や礼節、弱者への思いやりといった日本文化の良さを生かした新しい経済政策を打ち出すべきだろう。
  http://www.asyura2.com/11/senkyo122/msg/596.html
  ―――――――――――――――――――――――――――
posted by メジナオトト at 15:25| Comment(0) | 自民党でいいのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月23日

「日本は民主主義が根づいていない」(EJ第3583号)[自民党でいいのか/05]

●「日本は民主主義が根づいていない」(EJ第3583号)
http://electronic-journal.seesaa.net/article/368252832.html
2013年07月05日 :{Electronic Journal}拡散としての転載です。


 小沢一郎氏がよく口にする言葉に「自立と共生」というのがあります。これは小沢氏のゆるぎない政治理念になっています。この「自立と共生」という政治理念は、小沢政治のバイブルともいうべき小沢氏の著書、『日本改造計画』(1993年講談社刊)に詳しく述べられています。
 小沢氏は政治家になった直後から、日本には米国式の戦後民主主義が導入されたものの、まだ真の民主主義が根付いていないことを指摘して、「自立」というコンセプトを打ち出しています。
小沢氏は『日本改造計画』で次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 民主主義の前提は、国民が自分の価値観を持ち、自分の判断で行動できる自立した個人であるということだ。この前提が日本人に欠けたままであり、アメリカ式の『戦後民主主義』が導入されても、実際には民主政治が根付かないまま現在に至っている。戦前の官僚組織が存続したなどの問題があるが、基本的には、国民の側に民主主義を実現する条件が揃っていなかったからだ。  
  ──小沢一郎著、『日本改造計画』/講談社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 小沢氏は「民主主義は国民の自立からはじまる」という前提が必要であることを強調しています。しかし、日本では現在においてもとくに政治的には個人が自分の価値観を持ち、自分の判断で行動できていないといっています。
 国民が「自立」していないと、国民が選挙で選んだ代議士が官僚依存政治を許してしまうことにつながるのです。つまり、国民の政治意識が低いということを意味しています。
 第23回参議院選挙は昨日5日に公示され、21日に投開票が行われます。今回の選挙は安倍政権になってはじめての国政選挙であることと、与党の自公が過半数を獲得して、いわゆる「ねじれ」が解消できるかどうかに注目が集まっています。
 しかし、今回の参院選の投票率はきわめて低くなることが予想されるのです。なぜなら、街頭で国民の声を聞くと、次のような答えが返ってくるからです。
―――――――――――――――――――――――――――――
      ◎どうせ、自公が勝つに決まっている
      ◎誰が当選しても、政治は変わらない
      ◎どの政治家を選んだらよいかが困難
―――――――――――――――――――――――――――――
 これらの国民の声は、今回の選挙に限らず、いつの選挙でもほとんど同じなのです。これはそれだけ国民の政治意識が低いことをあらわしています。国民が政策を吟味し、候補者がそれを実行できる人物かどうかを判断して投票するという意識の人が少ないのです。投票率が低いのは、それをあらわしています。これでは「お任せ政治」になってしまいます。つまり、国民が「自立」していないのです。
 ちなみに、今回の選挙から公示日以降でもネットの利用ができるネット選挙が解禁されています。しかし、海外の多くの国では選挙運動は原則自由であり、今頃になってネット選挙だけを解禁した日本は稀有な存在です。しかも全面解禁ではなく、まだ多くの不可解な規制が残っています。
 規制が多いということは、政治を役人まかせにしていることの結果です。もう少し正確にいうと、国民が選んだ代議士が規制を変えようと努力しなかった結果なのです。そういう規制に対して国民が声を上げないからです。
 選挙を例にとると、日本の選挙制度は、規制のオンパレードなのです。米国、英国、ドイツ、フランスと比較してみると、次のようになります。
―――――――――――――――――――――――――――――
            日本 米国 英国 ドイツ フランス
    戸別訪問   ×   ○   ○   ○    ○
  選挙運動期間  ×   ○   ○   ○    △
   ネット利用    △   ○   ○   ○    △
     演説会    ×   ○   △   ○    △
  文書頒布掲示  ×   ○   ○    ○    ×
            ○規制なし △一部規制 ×禁止
         ──「WEDGE」/2013年6月号より
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本の選挙は公職選挙法(公選法)の下で実施されます。公選法の原型は、1925年に制定された男子普通選挙法にさかのぼるのです。当時は、納税額によって選挙権が与えられる制限選挙だったのですが、選挙運動自体には規制はなかったのです。しかし、選挙権の制限が少しずつ撤廃され、有権者の数が増えるにしたがって、戸別訪問の禁止や文書図画の制限などが加えられ、戦前の選挙法ができていったのです。
 しかし、その選挙法とからめて、悪名高い治安維持法が制定され、政治活動が抑制されるようになっていきます。そして、それが、1942年の「翼賛選挙」につながるのです。
 戦後になって治安維持法は廃止され、憲法も改正されたのですが、選挙法だけはなぜか戦前の規制を残したまま、現在の公選法が制定され、1950年に交付・施行されています。そしてその公選法にさらに細かい規制を加えたものをこれまで使ってきているのです。
 公選法は国民が候補者の情報を詳しく知ることを制限しています。それはネットを解禁しても十分ではありません。これでは国民から「誰を選んでいいかわからない」という声が出るのは当然です。選挙期間についても日本では、衆院議員は12日、参院議員は17日とあまりにも短いです。1950年の時点では衆参ともに30日になっていたのを改正のたびに少しずつ短縮していったのです。これでは候補者をますます選びにくくなります。こういうことを国民はこれまで黙認してきたのです。それは、国民が本当の意味で政治的に自立していないからなのです。
  ――─ [自民党でいいのか/05]

≪画像および関連情報≫
 ●ネット選挙解禁で公選法はぶっ壊れる/加藤秀樹氏
  ―――――――――――――――――――――――――――
 ネット選挙が次の参議院選挙から解禁される。ウェブサイトやSNSを使って候補者や政党、選挙に関する情報が流せるようになるのだ。
 私が注目しているのは、今度の参院選挙への影響よりも、ネット選挙解禁が公職選挙法(以下公選法)が細かく定めている現在の選挙のし方そのものを、無意味なものにしてしまうだろう、という点だ。
 法律というものは普通読んでも面白くない。ところが、公選法は大いに笑える。
 そこで、選挙のし方について公選法が何を定め、ネット選挙解禁がどんなインパクトを持つか整理してみたい。
 そしてそのことが、皆さんによってこの古風で滑稽な法律に引導を渡すような議論につながり、「ネット選挙解禁」が「選挙そのものの解放」につながればと期待している。
 公選法は、昭和25年に施行されて以来、毎年のように改正され、今や、約270条からなる膨大な法律だ。その中には選挙権、選挙区から投開票まで、公職の選挙に関する詳細な規定が並んでいる。とりわけ、選挙運動については、約50条、全体の五分の一近くが費され、非常に細かな、そのくせ曖昧で解釈に困るような規定が並んでいる。
  http://bylines.news.yahoo.co.jp/katohideki/20130603-00025415/
  ―――――――――――――――――――――――――――

posted by メジナオトト at 20:55| Comment(0) | 自民党でいいのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月17日

「小沢一郎はどういう政治家なのか」(EJ第3582)[自民党でいいのか/04]

●「小沢一郎はどういう政治家なのか」(EJ第3582)
 http://electronic-journal.seesaa.net/article/368164281.html
 2013年07月04日 :{Electronic Journal}拡散としての転載です。

 小沢一郎を「謀殺」しようとしている仕掛け人について述べる前に、小沢一郎という政治家がどういう政治家であるかについて述べることにします。小沢氏について知っていただくと、現在の政治家のレベルの低さがよくわかると思います。
 小沢一郎という政治家の政治活動の原点は、次のことを実現することにあります。
―――――――――――――――――――――――――――――
      戦後民主主義の誤った内容を正したい
               ──平野貞夫著/ビジネス社刊
     『新説/小沢一郎謀殺事件/日本の危機は救えるか』
―――――――――――――――――――――――――――――
 要するに、小沢氏は真の民主主義社会を作りたいのです。そのためには、戦後の民主主義の誤っていることを正す必要があります。この誤った民主主義では国民は不幸になるし、国家社会は滅亡する──小沢氏はそう考えているのです。
 小沢一郎という政治家は、この原点から一度もぶれることなく現在でも政治活動をやっているのです。小沢氏が政界に進出したのは1969年12月27日のことです。父親の突然の死によって、第32回衆議院総選挙に岩手2区から初出馬したのです。そのとき、小沢氏は次の公約を掲げて選挙戦を戦い、トップで初当選を果たしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 現代の社会は多種多様化した欲望が生まれ、政治がこれに応えきれず、国民生活と遊離している。このために政治不信が生まれ、社会的に大きな混乱が起きている。さらに政治が無力化して官僚に政策決定を任せているため、生き生きとした政治が行われていない。このままでは日本の行く末は暗澹たるものだ。こうした弊害をなくするため、まず官僚政治を打破し、政策決定を政治家の手に取り戻さなくてはならない。政治に新しい考えを取り入れ、浄化と刷新を行う。
      ──平野貞夫著の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
 これを見て驚くことは、小沢氏の公約が現在とまったくぶれていないことです。小沢氏が初当選した翌年の3月には大阪万博が開催されており、日本は高度成長の最盛期にあったのですが、小沢氏は早くも高度に成長した資本主義の矛盾に気が付き、その修正が必要だと考えたのです。
 1972年には、読売新聞社が安倍晋太郎(現安倍首相の父)代議士を含む自民党の代議士の論文を集めて掲載した次の書籍を上梓したのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
    『自民党改造案/明日の保守政権を考える』
            1972年/読売新聞社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 実は小沢氏は新人代議士ながらこの企画に応募し、「保守政党体質改善案」というテーマで論文を書き、本への掲載が認められているのです。その論文において、小沢氏は次の4つの提案をしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
  1.組織面における改革
    ・党員拡大と党組織の整備
  2.資金面における改革
    ・政治資金の大衆化による財界依存からの脱出
  3.政策立案面における改革
    ・党政調各部会の改組による官僚依存の改善
  4.総裁選挙の改善
    ・米大統領選の予備選方式の導入
      ──平野貞夫著の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
 既にこの時点で小沢氏は政治資金の「財界依存からの脱出」を説き、政策立案面において「官僚依存の改善」を指摘し、政治主導を主張しているのです。明らかにこの時点で、小沢氏は政治家として一頭地抜けた存在になっていたのです。
 1972年5月には沖縄が返還され、7月には第1次田中角栄内閣が発足しています。そして、9月には田中首相は中国を訪問し、日中国交正常化を実現しているのです。
 小沢氏は、田中角栄首相の下で政治修業をすることになり、いわゆる「金竹小」(金丸、竹下、小沢)の金権政治の枠内に入れられ、いわゆる田中流政治のよい面と問題点を身をもって体験することになります。しかし、世間は小沢氏を「金竹小」の1人の金権政治家としてみるようになるのですが、小沢氏自身はその金権政治の実態を知ることによって、その金権政治からの脱却をその時点で決意するのです。それが、それから約20年後の小沢氏の自民党離党につながるのです。
 しかし、新人代議士の改革案を受け入れるほど自民党は甘くはなかったのです。1974年には田中金脈騒ぎで田中首相が退陣し、三木内閣が発足します。そして、1976年にロッキード事件で田中前首相は逮捕されましたが、自民党の田中派は最大派閥であり続けたのです。
 しかし、小沢氏の党内での出世は年齢が若いということもあって意外に遅かったのです。1975年に三木内閣で科学技術政務次官、1976年に福田内閣で建設政務次官、1981年に鈴木内閣で自民党政調会長になり、1985年に第3次中曽根内閣で自治大臣・国家公安委員長に就任したのです。はじめての大臣就任です。その年に田中元首相が脳梗塞で倒れています。
 1987年に竹下内閣が発足し、小沢氏は内閣官房副長官に就任します。そして1989年7月に第15回参院選挙で自民党は大敗し、参院の与野党議席数で逆転され、ねじれの状態になってしまったのです。その年に発足した海部内閣で、小沢氏は幹事長に就任するのですが、自民党としてはじめて党運営の困難なときの幹事長就任です。
 ――─ [自民党でいいのか/04]

≪画像および関連情報≫
 ●「金竹小」の関係はどうだったか
  ―――――――――――――――――――――――――――
 もともと、竹下と金丸は国対族として野党とのパイプを築いており、自民党が参議院で過半数を割りねじれ国会となった局面でその重要性を増し、党幹事長の小沢をして公明党・民社党との折衝に当たらせ、自公民路線を固めて政権運営の道筋をつけた。
 この野党両党とのつながりと、当時他派より結束力が強いと言われていた最大派閥の経世会を背景に、政権の死命を制する位置にあった。
 3者は縁戚関係で結ばれ相互扶助の関係によって日本の政治を動かしていたが、再登板を狙う竹下と小沢を会長にして更なる世代交代を見据える金丸・小沢との間に次第に隙間風が吹くようになる。また、海部内閣退陣表明後に金丸が小沢に後継出馬を強く勧め、小沢が断ると当時一般人気の高かった派内の橋本龍太郎を差し置いて他派の宮澤喜一を推すことを金丸・小沢主導で決定するなどしたことから、両名に反発する機運が派内にも生じた。
 そして金丸が東京佐川急便事件で議員辞職すると、竹下側近の橋本・小渕恵三・梶山静六らと金丸側近の小沢・羽田孜・渡部恒三・奥田敬和らの間で派閥の実権を争って、経世会は遂に分裂に至った。
     ──ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――


posted by メジナオトト at 22:12| Comment(0) | 自民党でいいのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。