2013年10月28日

「共生のコンセプトと今西進化理論」(EJ第3584号)[自民党でいいのか/06]

●「共生のコンセプトと今西進化理論」(EJ第3584号)
http://electronic-journal.seesaa.net/article/368513176.html
2013年07月08日 :{Electronic Journal}拡散としての転載です。

 小沢一郎氏は「自立」に加えて「共生」という概念を大事にしており、「自立」と「共生」を新しい国づくりの理念としているのです。「共生」とは何でしょうか。
 「共生」とは、人間の生き方にかかわる考え方であり、『日本改造計画』には次の記述があります。
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 人類は、人間による自然支配という西洋的価値観から人間は自然の一部であるという東洋的価値観への転換を迫られている。
 東洋的価値観、とくに古代日本の縄文時代においては、人間はまったく自然と共生していた。人間が自然を支配するのではなく、自然によって生かされていた。
  ──小沢一郎著、『日本改造計画』/講談社刊
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 この「共生」の考え方と関係するのは、ダーウィンの『種の起源』、すなわち「進化論」です。ダーウィンの「進化論」といえば、知る人ぞ知る「自然淘汰説」であり、「適者生存説」です。
 ダーウィンによると進化というものは、種個体、あるいは少数の種個体から始まると考えられており、この特定の種個体のことを突然変異と呼ぶのです。
 この突然変異によって発生した個体が他者と比較して生存するための優位性を持っている「適者」である場合にのみ、生存競争に生き残り、敗れたものは死滅する──これがダーウィンの「進化論」の本質です。
 しかし、このダーウィンの進化論は、自然科学的に証明されたものではなく、単なる一学説に過ぎないといわれているのです。
もともとこの考え方は、英国の経済学者であるマルサスが『人口論』で展開した次のコンセプトを生物社会に取り入れたものに過ぎないといわれているのです。
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 人口の増加は等比級数的であるのに対し、食料の生産は等差級数的にしか伸びないから、一部の人間の貧乏・飢餓は一種の自然現象として不可避である。
  ──マルサスの「人口論」より
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 このダーウィンの進化論に対して、日本人として異を唱えた学者が今西錦司氏(1902〜1992)です。今西錦司氏は、日本の社会人類学、生態学の草分け的存在であり、登山家としても知られています。
 今西錦司氏の学説は「今西進化論」といわれており、その骨子をまとめると、次のようになります。
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 ある種から新しい種が生まれても、従来種は駆逐されることなく、新しい種と共存してゆくものであり、その発生事態も突然変異などによる偶発的なものでなく、環境の変化などによって時期が来たら複数の個体が、あたかも化学反応のように、同時多発的に変化してゆく現象が進化なのである。
                 ──今西錦司/吉本隆明著
    『ダーウィンを越えて/今西進化論講義』/朝日出版社
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 今西進化論は「棲み分け理論」と呼ばれており、ダーウィンの進化論が競争原理に基づいているのに対して、今西進化論は共存原理をペースとしています。
 これは小沢氏のいう「共生」の考え方に通じるのです。そしてこの考え方は、米国の新自由主義と対極の考え方です。新自由主義は、まさにダーウィンの適者生存/自然淘汰の考え方にとてもよく似ているのです。
 次の演説は、小沢一郎氏が2006年4月7日、民主党の代表選の政見演説の一部です。
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 小泉政治は自由と身勝手を混同した結果、弱肉強食の格差社会という妖怪を生み出してしまいました。本当の自由とは誰もが共に生きていける『共生』の理念が前提であり、それを保証する規律と責任を伴うものであります。その『共生』のルールが公正なのであります。         
  ──平野貞夫著
  『わが友・小沢一郎』/幻冬社刊
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 2006年4月、小沢一郎氏は、メール問題で退任した前原誠司代表の後任として民主党代表に就任しています。この「共生」の考え方は、民主党として、当時の小泉政権がブッシュ米大統領の市場経済至上主義に追随した政策を強行し、そのために生じた深刻な格差社会を是正しようとして、小沢民主党が打ち出した新しい国づくりのコンセプトなのです。
 「共生」を新しい国づくりの理念として掲げ、あらゆる面で筋の通った「公正の国・日本」をつくる。そのために国民一人ひとりが自立し、国家としても自立することを目指すとともに、人間と人間、国家と国家、人間と自然の「共生」を国是とすると、小沢民主党は宣言したのです。そして基本政策のキャッチフレーズを次のように決めたのです。
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        公正な社会、共に生きる国へ
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 民主党の政権交代の快進撃はこのときからはじまったのです。
そして2007年夏の参院選を迎えます。そのときのマニフェストのテーマとして次を掲げ、「三つの約束」と「7つの提言」を掲げたのです。
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           国民の生活が第一
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 このかつての民主党のシンボルテーマである「国民の生活が第一」は、実は鳩山元首相のいう「友愛」と「共生」のコンセプトがあって、はじめて生まれたのです。
  ――─ [自民党でいいのか/06]

≪画像および関連情報≫
 ●小沢一郎の「共生」理念の原点は今西進化論/内田良平氏
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 この今西進化論を要約すれば「生物界を種社会による有機的調和体」とし「進化とは競争で相手を淘汰するのではなく、切磋琢磨によってより強い共生関係を作り上げていく」という考え方を採っている。
 今西進化論を社会に当てはめると、「進歩は自由競争によって獲得されるようにみえるが、実は社会の中で形成された共通の文化と、その文化が持つ共生のメカニズムによって創られる」と読み解くことができる。

 日本人は元来レベルの高い文化を保有しており、その文化に根ざした経済環境を作ることこそ国家の力を高めていく事になると今西らは主張する。ところが「市場原理主義」を信奉する欧米や、彼らに操られる日本の政治家や経済人にとって小沢一郎の主張する「自立と共生―国民の生活が第一」の「共生国家の建設」は彼らの「賢い人間だけが生き残り、劣った人間は淘汰される」という理念に反することになる。

 彼らにとって、この「競争を絶対とする米国資本主義」を守るため小沢一郎という政治家を葬り去る必要があり、またTPPという米国資本主義のための「競争による収奪装置」に日本を参加させることが重要なのである。もし民主党政権が国民を豊かにしたいと考えるならば、国民を競争で煽りたてたり、金儲けの上手い人間を優遇する狩猟民族的政策ではなく、小沢一郎が説く「共生」の理念を基に、道徳的倫理観や礼節、弱者への思いやりといった日本文化の良さを生かした新しい経済政策を打ち出すべきだろう。
  http://www.asyura2.com/11/senkyo122/msg/596.html
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2013年10月23日

「日本は民主主義が根づいていない」(EJ第3583号)[自民党でいいのか/05]

●「日本は民主主義が根づいていない」(EJ第3583号)
http://electronic-journal.seesaa.net/article/368252832.html
2013年07月05日 :{Electronic Journal}拡散としての転載です。


 小沢一郎氏がよく口にする言葉に「自立と共生」というのがあります。これは小沢氏のゆるぎない政治理念になっています。この「自立と共生」という政治理念は、小沢政治のバイブルともいうべき小沢氏の著書、『日本改造計画』(1993年講談社刊)に詳しく述べられています。
 小沢氏は政治家になった直後から、日本には米国式の戦後民主主義が導入されたものの、まだ真の民主主義が根付いていないことを指摘して、「自立」というコンセプトを打ち出しています。
小沢氏は『日本改造計画』で次のように述べています。
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 民主主義の前提は、国民が自分の価値観を持ち、自分の判断で行動できる自立した個人であるということだ。この前提が日本人に欠けたままであり、アメリカ式の『戦後民主主義』が導入されても、実際には民主政治が根付かないまま現在に至っている。戦前の官僚組織が存続したなどの問題があるが、基本的には、国民の側に民主主義を実現する条件が揃っていなかったからだ。  
  ──小沢一郎著、『日本改造計画』/講談社刊
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 小沢氏は「民主主義は国民の自立からはじまる」という前提が必要であることを強調しています。しかし、日本では現在においてもとくに政治的には個人が自分の価値観を持ち、自分の判断で行動できていないといっています。
 国民が「自立」していないと、国民が選挙で選んだ代議士が官僚依存政治を許してしまうことにつながるのです。つまり、国民の政治意識が低いということを意味しています。
 第23回参議院選挙は昨日5日に公示され、21日に投開票が行われます。今回の選挙は安倍政権になってはじめての国政選挙であることと、与党の自公が過半数を獲得して、いわゆる「ねじれ」が解消できるかどうかに注目が集まっています。
 しかし、今回の参院選の投票率はきわめて低くなることが予想されるのです。なぜなら、街頭で国民の声を聞くと、次のような答えが返ってくるからです。
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      ◎どうせ、自公が勝つに決まっている
      ◎誰が当選しても、政治は変わらない
      ◎どの政治家を選んだらよいかが困難
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 これらの国民の声は、今回の選挙に限らず、いつの選挙でもほとんど同じなのです。これはそれだけ国民の政治意識が低いことをあらわしています。国民が政策を吟味し、候補者がそれを実行できる人物かどうかを判断して投票するという意識の人が少ないのです。投票率が低いのは、それをあらわしています。これでは「お任せ政治」になってしまいます。つまり、国民が「自立」していないのです。
 ちなみに、今回の選挙から公示日以降でもネットの利用ができるネット選挙が解禁されています。しかし、海外の多くの国では選挙運動は原則自由であり、今頃になってネット選挙だけを解禁した日本は稀有な存在です。しかも全面解禁ではなく、まだ多くの不可解な規制が残っています。
 規制が多いということは、政治を役人まかせにしていることの結果です。もう少し正確にいうと、国民が選んだ代議士が規制を変えようと努力しなかった結果なのです。そういう規制に対して国民が声を上げないからです。
 選挙を例にとると、日本の選挙制度は、規制のオンパレードなのです。米国、英国、ドイツ、フランスと比較してみると、次のようになります。
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            日本 米国 英国 ドイツ フランス
    戸別訪問   ×   ○   ○   ○    ○
  選挙運動期間  ×   ○   ○   ○    △
   ネット利用    △   ○   ○   ○    △
     演説会    ×   ○   △   ○    △
  文書頒布掲示  ×   ○   ○    ○    ×
            ○規制なし △一部規制 ×禁止
         ──「WEDGE」/2013年6月号より
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本の選挙は公職選挙法(公選法)の下で実施されます。公選法の原型は、1925年に制定された男子普通選挙法にさかのぼるのです。当時は、納税額によって選挙権が与えられる制限選挙だったのですが、選挙運動自体には規制はなかったのです。しかし、選挙権の制限が少しずつ撤廃され、有権者の数が増えるにしたがって、戸別訪問の禁止や文書図画の制限などが加えられ、戦前の選挙法ができていったのです。
 しかし、その選挙法とからめて、悪名高い治安維持法が制定され、政治活動が抑制されるようになっていきます。そして、それが、1942年の「翼賛選挙」につながるのです。
 戦後になって治安維持法は廃止され、憲法も改正されたのですが、選挙法だけはなぜか戦前の規制を残したまま、現在の公選法が制定され、1950年に交付・施行されています。そしてその公選法にさらに細かい規制を加えたものをこれまで使ってきているのです。
 公選法は国民が候補者の情報を詳しく知ることを制限しています。それはネットを解禁しても十分ではありません。これでは国民から「誰を選んでいいかわからない」という声が出るのは当然です。選挙期間についても日本では、衆院議員は12日、参院議員は17日とあまりにも短いです。1950年の時点では衆参ともに30日になっていたのを改正のたびに少しずつ短縮していったのです。これでは候補者をますます選びにくくなります。こういうことを国民はこれまで黙認してきたのです。それは、国民が本当の意味で政治的に自立していないからなのです。
  ――─ [自民党でいいのか/05]

≪画像および関連情報≫
 ●ネット選挙解禁で公選法はぶっ壊れる/加藤秀樹氏
  ―――――――――――――――――――――――――――
 ネット選挙が次の参議院選挙から解禁される。ウェブサイトやSNSを使って候補者や政党、選挙に関する情報が流せるようになるのだ。
 私が注目しているのは、今度の参院選挙への影響よりも、ネット選挙解禁が公職選挙法(以下公選法)が細かく定めている現在の選挙のし方そのものを、無意味なものにしてしまうだろう、という点だ。
 法律というものは普通読んでも面白くない。ところが、公選法は大いに笑える。
 そこで、選挙のし方について公選法が何を定め、ネット選挙解禁がどんなインパクトを持つか整理してみたい。
 そしてそのことが、皆さんによってこの古風で滑稽な法律に引導を渡すような議論につながり、「ネット選挙解禁」が「選挙そのものの解放」につながればと期待している。
 公選法は、昭和25年に施行されて以来、毎年のように改正され、今や、約270条からなる膨大な法律だ。その中には選挙権、選挙区から投開票まで、公職の選挙に関する詳細な規定が並んでいる。とりわけ、選挙運動については、約50条、全体の五分の一近くが費され、非常に細かな、そのくせ曖昧で解釈に困るような規定が並んでいる。
  http://bylines.news.yahoo.co.jp/katohideki/20130603-00025415/
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2013年10月17日

「小沢一郎はどういう政治家なのか」(EJ第3582)[自民党でいいのか/04]

●「小沢一郎はどういう政治家なのか」(EJ第3582)
 http://electronic-journal.seesaa.net/article/368164281.html
 2013年07月04日 :{Electronic Journal}拡散としての転載です。

 小沢一郎を「謀殺」しようとしている仕掛け人について述べる前に、小沢一郎という政治家がどういう政治家であるかについて述べることにします。小沢氏について知っていただくと、現在の政治家のレベルの低さがよくわかると思います。
 小沢一郎という政治家の政治活動の原点は、次のことを実現することにあります。
―――――――――――――――――――――――――――――
      戦後民主主義の誤った内容を正したい
               ──平野貞夫著/ビジネス社刊
     『新説/小沢一郎謀殺事件/日本の危機は救えるか』
―――――――――――――――――――――――――――――
 要するに、小沢氏は真の民主主義社会を作りたいのです。そのためには、戦後の民主主義の誤っていることを正す必要があります。この誤った民主主義では国民は不幸になるし、国家社会は滅亡する──小沢氏はそう考えているのです。
 小沢一郎という政治家は、この原点から一度もぶれることなく現在でも政治活動をやっているのです。小沢氏が政界に進出したのは1969年12月27日のことです。父親の突然の死によって、第32回衆議院総選挙に岩手2区から初出馬したのです。そのとき、小沢氏は次の公約を掲げて選挙戦を戦い、トップで初当選を果たしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 現代の社会は多種多様化した欲望が生まれ、政治がこれに応えきれず、国民生活と遊離している。このために政治不信が生まれ、社会的に大きな混乱が起きている。さらに政治が無力化して官僚に政策決定を任せているため、生き生きとした政治が行われていない。このままでは日本の行く末は暗澹たるものだ。こうした弊害をなくするため、まず官僚政治を打破し、政策決定を政治家の手に取り戻さなくてはならない。政治に新しい考えを取り入れ、浄化と刷新を行う。
      ──平野貞夫著の前掲書より
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 これを見て驚くことは、小沢氏の公約が現在とまったくぶれていないことです。小沢氏が初当選した翌年の3月には大阪万博が開催されており、日本は高度成長の最盛期にあったのですが、小沢氏は早くも高度に成長した資本主義の矛盾に気が付き、その修正が必要だと考えたのです。
 1972年には、読売新聞社が安倍晋太郎(現安倍首相の父)代議士を含む自民党の代議士の論文を集めて掲載した次の書籍を上梓したのです。
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    『自民党改造案/明日の保守政権を考える』
            1972年/読売新聞社刊
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 実は小沢氏は新人代議士ながらこの企画に応募し、「保守政党体質改善案」というテーマで論文を書き、本への掲載が認められているのです。その論文において、小沢氏は次の4つの提案をしています。
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  1.組織面における改革
    ・党員拡大と党組織の整備
  2.資金面における改革
    ・政治資金の大衆化による財界依存からの脱出
  3.政策立案面における改革
    ・党政調各部会の改組による官僚依存の改善
  4.総裁選挙の改善
    ・米大統領選の予備選方式の導入
      ──平野貞夫著の前掲書より
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 既にこの時点で小沢氏は政治資金の「財界依存からの脱出」を説き、政策立案面において「官僚依存の改善」を指摘し、政治主導を主張しているのです。明らかにこの時点で、小沢氏は政治家として一頭地抜けた存在になっていたのです。
 1972年5月には沖縄が返還され、7月には第1次田中角栄内閣が発足しています。そして、9月には田中首相は中国を訪問し、日中国交正常化を実現しているのです。
 小沢氏は、田中角栄首相の下で政治修業をすることになり、いわゆる「金竹小」(金丸、竹下、小沢)の金権政治の枠内に入れられ、いわゆる田中流政治のよい面と問題点を身をもって体験することになります。しかし、世間は小沢氏を「金竹小」の1人の金権政治家としてみるようになるのですが、小沢氏自身はその金権政治の実態を知ることによって、その金権政治からの脱却をその時点で決意するのです。それが、それから約20年後の小沢氏の自民党離党につながるのです。
 しかし、新人代議士の改革案を受け入れるほど自民党は甘くはなかったのです。1974年には田中金脈騒ぎで田中首相が退陣し、三木内閣が発足します。そして、1976年にロッキード事件で田中前首相は逮捕されましたが、自民党の田中派は最大派閥であり続けたのです。
 しかし、小沢氏の党内での出世は年齢が若いということもあって意外に遅かったのです。1975年に三木内閣で科学技術政務次官、1976年に福田内閣で建設政務次官、1981年に鈴木内閣で自民党政調会長になり、1985年に第3次中曽根内閣で自治大臣・国家公安委員長に就任したのです。はじめての大臣就任です。その年に田中元首相が脳梗塞で倒れています。
 1987年に竹下内閣が発足し、小沢氏は内閣官房副長官に就任します。そして1989年7月に第15回参院選挙で自民党は大敗し、参院の与野党議席数で逆転され、ねじれの状態になってしまったのです。その年に発足した海部内閣で、小沢氏は幹事長に就任するのですが、自民党としてはじめて党運営の困難なときの幹事長就任です。
 ――─ [自民党でいいのか/04]

≪画像および関連情報≫
 ●「金竹小」の関係はどうだったか
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 もともと、竹下と金丸は国対族として野党とのパイプを築いており、自民党が参議院で過半数を割りねじれ国会となった局面でその重要性を増し、党幹事長の小沢をして公明党・民社党との折衝に当たらせ、自公民路線を固めて政権運営の道筋をつけた。
 この野党両党とのつながりと、当時他派より結束力が強いと言われていた最大派閥の経世会を背景に、政権の死命を制する位置にあった。
 3者は縁戚関係で結ばれ相互扶助の関係によって日本の政治を動かしていたが、再登板を狙う竹下と小沢を会長にして更なる世代交代を見据える金丸・小沢との間に次第に隙間風が吹くようになる。また、海部内閣退陣表明後に金丸が小沢に後継出馬を強く勧め、小沢が断ると当時一般人気の高かった派内の橋本龍太郎を差し置いて他派の宮澤喜一を推すことを金丸・小沢主導で決定するなどしたことから、両名に反発する機運が派内にも生じた。
 そして金丸が東京佐川急便事件で議員辞職すると、竹下側近の橋本・小渕恵三・梶山静六らと金丸側近の小沢・羽田孜・渡部恒三・奥田敬和らの間で派閥の実権を争って、経世会は遂に分裂に至った。
     ──ウィキペディア
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2013年10月15日

「小沢一郎はだれに嫌われているか」(EJ第3581号)[自民党でいいのか/03]

●「小沢一郎はだれに嫌われているか」(EJ第3581号)
 http://electronic-journal.seesaa.net/article/368073241.html
 2013年07月03日 :{Electronic Journal}拡散としての転載です。

 2013年6月29日、BS朝日「激論!クロスファイア」に小沢一郎生活の党代表が出演し、参院選の戦略について語ったのです。時間はわずか30分でしたが、話は明快であり、昔と何も変わらず、強い意欲も感じました。
 そのとき、田原総一郎氏と小沢一郎氏の間で、次のやり取りがあったのです。
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 田原:小沢さんは、いろいろな人から嫌われているように思うのですが、どうしてなのでしょうか。
 小沢:それはおそらくぼくが本当に改革をやるといっているので、それを嫌がる人が多いのではないでしょうか。
   ──BS朝日「激論!クロスファイア」/6月29日より
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 「改革」を口にする政治家はたくさんいます。しかし、ほとんどの政治家はその改革を実現できないで終わっています。しかし小沢氏は、これまでの政治活動のなかで、数多くの改革を成し遂げてきているのです。
 細川連立政権では政治改革関連法案を成立させ、小選挙区比例代表並立制を実現しています。この選挙制度を軸とする政治改革は、小沢氏の悲願であり、自民党幹事長のときから成立させようと努力したものの成就できず、自民党から離党し、総選挙を経て細川政権において実現させたものです。
 さらに、自民党の小渕内閣との連立政権では、政治主導を前進させるため、国会法の改正を実現させています。現在の大臣、副大臣、政務官のポストはこのときの改正でできたのです。そして何よりも小沢氏の実力を天下に示したのは、万年与党の自民党を2度にわたって政権の座から引きずり下ろし、政権交代を実現した実績です。総理でなく、連日政権のときの改革であり、本物の実力であるといえます。
 そういう小沢氏の過去の実績を知っている人は、小沢氏がもし総理になったら、何をするかわからないと恐れ、改革されると困る人たちは、何とかそうさせないようにしようとしたのです。
 小沢氏の政治実績は以上の通りですが、そのことを知らない人は多いです。メディアによる「小沢一郎=悪徳政治家」という刷り込みは執拗で、小沢氏がどのような政治家であるかについて、ろくに知ろうとせず、批判だけをしている人が多いのです。
 最近の政治家はよく本を上梓します。その大半は自分で執筆して出版するケースです。総理になったときや、選挙のときなどに自分の政治信条や政策などを知ってもらうことが目的です。
 それに加えて、第三者、例えば政治評論家などがその政治家のことを取り上げて本を書くケースもありますが、これは大物政治家の場合だけです。しかし、小沢氏の場合は、本の数が圧倒的に多いのです。「小沢一郎ウェブサイト」を見ると、24冊の本が出ています。それも本人が執筆する本よりも、第三者が執筆している本の方が圧倒的に多いのです。
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      「小沢一郎ウェブサイト/関連図書」
 http://www.ozawa-ichiro.jp/profile/book.htm
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 実はこの24冊以外にも本はたくさん出版されているのです。
まず、小沢氏を批判する本は、当然ですが、このウェブサイトに載っていません。批判本でなくても、「小沢一郎」の名前を使った本は数知れずあるのです。さらに驚くべきは、現在の生活の党──現在国会議員の数は過去最低の15人──の代表になってからも、4〜5冊の新刊書が出ていることです。
 どうしてこんなに本が多いのでしょうか。それには明確な理由があります。「売れる」からです。「買う人がいる」からです。
だから、小沢氏の批判者でも「小沢一郎」の名前を使って本を上梓し、小沢氏を批判しています。そういう本をすべて総合すると60冊はゆうに超えると思います。現在、そういう政治家が他にいるでしょうか。
 我が家にも小沢本は20冊以上あります。小沢氏を批判する人は、そういう本は一切読まず、テレビや新聞などのメディアの印象だけで小沢氏を批判しています。日本維新の会共同代表の石原前東京都知事などはまさにその典型です。そして、小沢氏のことを少しでも好意的に書いたり、話したりすると、その人に「小沢信者」というレッテルを貼るのです。
 現在日本の政治は重度の閉塞状態にあります。それを打破するには、明確な改革のビジョンを持ち、並外れた「剛腕」が政治家に求められます。小沢氏は間違いなくその稀有な政治家の一人であるといえます。
 さて、小沢氏は誰に批判されているでしょうか。小沢氏の盟友といわれている元参議院議員の平野貞夫氏は、小沢氏を「謀殺」しようとしてする仕掛け人として、次の5つを上げています。
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   仕掛け人候補その1        「政治家」
   仕掛け人候補その2         「官僚」
   仕掛け人候補その3         「財界」
   仕掛け人候補その4     「巨大メディア」
   仕掛け人候補その5  「ジャパンハンドラー」
               ──平野貞夫著/ビジネス社刊
     『新説/小沢一郎謀殺事件/日本の危機は救えるか』
―――――――――――――――――――――――――――――
 「謀殺」とは、「あらかじめ計画して人を殺すこと」を意味しています。平野氏は小沢氏に関するバッシングは「『嫌われる』などという言葉では生易しすぎる。『排除』でもまだ弱い。小沢一郎を社会的に葬り去ろうとする『謀殺』というべき」といっています。しかし、小沢氏に対し、これほどひどい仕打ちをしておきながら、政治の世界では、まるで何事もなかったようにアベノミクスに明け暮れています。このようなことをそのままにしておくことはできません。
 ――─ [自民党でいいのか/03]

≪画像および関連情報≫
 ●日々坦々「小沢一郎の一貫した政治理念が簡単にわかる本」
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 「小沢一郎アンケート」で、好きか嫌いかの単純なもので、最初は3:7で「嫌い」が多かったが、次第に「好き」が逆転し、今ではダブルスコアになっている。
 嫌いの理由はほとんど感情論になっていて、マスコミの影響が覗われる。その人たちに是非読んでもらいたいのが、気軽に読める2006年に出版した「小沢主義」(小沢一郎著)だ。
 私が読んだ本人著の本としては「日本改造計画」に続き2冊目である。対談集とか評論が多い中、13年ぶりの書下ろしとなった本書には、本人の考え方がストレートに伝わり、今の政治状況を理解するためのヒントがつまっている。「日本改造計画」は1993年に出版された当初は各界にかなりインパクトを与えた本である。それから一貫した政治理念、理想を掲げ、政権交代を実現した今も、目標とする改革に向けてひたすら走り続けていることがよくわかる。
 この2冊を読めば、今の民主党が掲げる「脱官僚依存政治」の政策は、全て小沢さんの考えが反映されていることがよくわかる。
  http://etc8.blog83.fc2.com/blog-entry-83.html
  ―――――――――――――――――――――――――――
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2013年10月12日

「メディアの伝え方で事実は変わる」(EJ第3580号)[自民党でいいのか/02]

●「メディアの伝え方で事実は変わる」(EJ第3580号)
  http://electronic-journal.seesaa.net/article/367980665.html
 2013年07月02日 :{Electronic Journal}拡散としての転載です。


 政治でも行政でも事業経営でもそうですが、長くやっているとそこに既得権益というものが生まれてきます。その既得権益のさいたるものは官僚機構です。
 しかし、長い間に世の中が構造的に変化して、これまでの仕組みがうまく機能しなくなって、その仕組みを壊さなければならなくなるときが必ずやってきます。
 そういう既得権益を壊そうとする改革勢力が現れると、既得権益を守ろうとする勢力との間で必ず壮絶なバトルが繰り広げられるのがつねです。そのバトルはすさまじいもので、改革勢力がよほど強力でない限り、既得権益擁護勢力のために潰されてしまうことになります。
 1955年に結党した自由民主党は、その長い政治統治において、こうした既得権益を守ろうとする勢力とうまく折り合いをつけ、巧妙に共存共栄を図ってきた政党です。長く権力の座にあったので、そういう手練手管を修得している政党なのです。
 その既得権益を守ろうとする勢力のひとつにマスメディアがあります。自民党はマスメディアを味方につけるためにさまざまなことをやっています。その目玉というべきもののひとつが記者クラブです。民主党は、政権交代のさい、この記者クラブを廃止しようとしましたが、マスメディアのさまざまな抵抗にあって、断念しています。
 マスメディアは、民主党から自民党回帰は大歓迎なのです。それが最も鮮明に出たのは今国会の終盤の与野党の攻防です。マスメディアが自民党側に立つことによって、事実が大きくねじ曲げられて伝えられ、多くの国民がそれを信じています。
 すべての原因は、野党が要請した参院予算委員会に与党が欠席したことにあります。野党から要請されれば、首相は委員会に出席する義務があるのです。それに欠席する理由もはっきりしないのです。これは明らかに憲法違反です。
 今まで野党が委員会を欠席することはたくさんありましたが、与党が委員会を欠席することはなかったのです。しかるに安倍内閣は先の国会では2回も欠席しています。党利党略の欠席です。
 これに異を唱えて、生活の党、社民党、みどりの風が首相問責決議案を提出します。これに、民主党以外の他の野党も同調する動きが伝えられたものの、民主党は同調しなかったのです。民主党が同調しなければ問責決議案は成立しないのです。
 しかし、国会運営のプロが揃っている自民党は、この時点で残りの重要法案の成立を断念し、その責任を野党に押し付けることができると考えたのです。それはメディアの協力が得られるという前提があったからです。
 カギを握ったのは法案採決の順序です。問責決議案の採決を先にするか、重要法案を先にするかです。法案を通したい民主党は重要法案の採決を先にすると主張したのです。責任野党としてスジを通したいと思っていたからです。
 民主党にしてみれば、当然自民党はそれに賛成すると信じていたのです。ところが、狡猾な自民党は、問責決議案の採決を先にするといい出したのです。与党としてはあり得ない決断です。
 これによって問責決議案の採決がはじまります。そうなると、民主党は問責決議案に反対はできないのです。かくして、問責決議案は採決され、重要法案は廃案になったのです。
 これについて、マスメディアはどのように伝えたでしょうか。
 与党の予算委員会欠席を不服として問責決議案が出され、その問責決議案が可決されて重要法案は廃案になったのです。与党が予算委員会に出席していれば重要法案は廃案にならなかったし、欠席しても民主党の提案にしたがい、与党が重要法案の採決を先にしていれば、重要法案は成立しているのです。明らかに非は与党、なかんずく自民党にあります。
 マスメディアは24日〜25日の予算委員会に与党が欠席したことを事実として報道したものの、与党が委員会を欠席する異常事態をほとんど批判していないのです。もし、こんなことを許すと、与党が都合がわるいことがあると、委員会を欠席して逃れるという前例を残すことになります。したがって、メディアはもっとそこを鋭く衝くべきであったのです。
 この論点をぼかすと、首相問責決議案が野党から提出されたので重要法案は廃案になったということになってしまうのです。つまり、野党がわるいということになります。つまり、終盤国会で重要法案が残っているのに、野党は問責決議案の採決を強行させ重要法案を葬ったというトーンで報道されてしまったのです。
 まして、与党が民主党の提案を受け入れ、重要法案の採決を先にしていれば、重要法案が可決されたといういきさつに関してはメディアは、ほとんど伝えていないのです。これでは、国民は野党が意味のない問責決議案を提出して、あえて重要法案の成立を潰したと考えてしまいます。
 このように明らかにマスメディアは、一見そうとは見えないかたちで、露骨に与党寄りの報道をしています。それは、安倍政権がメディアの既得権益を守ってくれると信じているからです。
 安倍首相は、2012年末に政権交代を成し遂げると、1月7日から4月5日まで、合計11回にわたって、大手メディア幹部と会食を共にしています。こういうことは珍しいことです。
 読売新聞グループ本社の渡辺恒雄会長を皮切りに、産経新聞会長、朝日新聞社長、日本経済新聞社長、フジテレビ会長、テレビ朝日社長、日本テレビ社長、毎日新聞社長など、それに時事新報の解説者田崎史郎氏にいたるまで、個々に時間をかけて懇談しているのです。それでいてストレートに事実を伝える東京新聞とはコンタクトしていないのです。
 本来報道メディアは、たとえ首相からこういう接待を受けても報道事実は曲げないものです。しかし、日本のメディアは腐っているので、いろいろ加減をして、安倍政権がダメージを受けるようなことは伝えないのです。その結果、重要法案が廃案になった責任はすべて野党ということになっているのです。
             ――─ [自民党でいいのか/02]

≪画像および関連情報≫
 ●泡沫野党に主導権を握られた海江田民主党
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 これも東京都議選惨敗の影響か。安倍晋三首相に対する問責決議の採決をめぐり、民主党は26日、電気事業法改正案や生活保護法改正案など「国民生活に影響のある法案」(海江田万里代表)を捨てて、野党共闘を選択した。しかも、国会運営の主導権を他の野党に握られ、行き当たりばったりの対応だった。
 国会での野党共闘が参院選で役立つ保証はなく、都議選で信任された安倍政権を否定した民主党は政権担当能力のなさをさらけ出した。(一部略)民主党は25日の段階で、26日の本会議では、まず平田健二議長の不信任決議案を処理し、休憩をはさんで、電事法改正案などの採決をしてから問責決議案を採決するシナリオを描いていた。安倍政権は信任できないが、重要法案を成立させれば実績としてアピールできるとみていた。ところが、都議選で善戦したみんなの党だけでなく、一議席も獲得できなかった生活の党なども参院選に向けて野党として存在感を発揮しようと安倍政権との対決色を強め、法案よりも問責案の採決を先に行うよう主張。
 民主党は「問責案を先に採決しないと、議長不信任案の採決で賛成に回るぞ」と同党出身の平田議長の進退を他党から揺さぶられた。海江田氏とともに記者会見に臨んだ細野豪志幹事長は、「与党に法案を仕上げる熱意がまったくなかった。政府・与党が成立を阻止したんだ」と述べ、法案の廃案は与党に非があると強弁した。しかし、賛成すべき法案より問責案の採決を優先した事実は消せない。民主党は「最悪のシナリオ」に突き進んだ。
  http://blog.livedoor.jp/news_keywordtoday/archives/28876342.html
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posted by メジナオトト at 12:20| Comment(0) | 自民党でいいのか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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